競馬とは競走馬に騎手を乗せて走る、速さを競う競技ですが、日本において競馬とは馬の着順を予想するギャンブル的な意味合いで認知されています。本来の競馬とは馬同士のスピードを競う正式な競技です。その起源は意外に古く、今の競馬の原型となる競技はすでに古代ローマ帝国で行なわれていたとされています。しかも、当時の古代ローマ帝国はこの競技を大衆的な娯楽とし、国家の行事として取り入れていました。そのため、古代ローマには馬を競争させる巨大な競馬場が建設され行事などお祝い事、市民への娯楽として競争が行なわれていました。
このように、競馬の起源時の認識と今現在の競馬の扱いは国家が国民に提供する娯楽として行なわれている部分は引き継がれているモノの、日本においては娯楽より、ギャンブル性の方が強くなっってしまった傾向が大きいです。
上記でも書いた通り、競馬の起源となる競技は古代ローマ帝国で確認されていますが、純粋に速さを競う競技では有りませんでした。当時の古代ローメ帝国は国外に自国の領土を求めていたため常に侵略戦争を行なっていました、その戦争でも馬の存在は貴重で機動力の有る乗り物として使用されていました。しかし、今現在の騎手のように馬の背中の上に乗って戦うことは無く、馬に戦車(リアカーを装飾した感じのモノ)を牽引させる形で、騎手はその牽引されている戦車から馬を操作していました。ですので、競馬の起源とは言っても、実際は競技の形をした戦争のデモンストレーションの意味もあったと考えられます。
競馬の歴史は外国だけではなく日本国内にも在ります。時代は平安時代まで遡ります。当時の文献に「くらべうま」や「こまくらべ」、「競馳馬」と言った言葉が多数出てきます。この言葉の意味は馬を使った競技の意味で、純粋に馬の速さを競う競技もあれば馬上で弓を射る騎射の競技もあったそうです。やはり、当時の日本も馬は貴重な戦力で合ったため、馬を使った競技は戦争に実践的なモノが数多くあり、また、古代ローマ帝国とは違い、競馬が民衆の娯楽として提供されていおらず、武家の鍛錬や娯楽として行なわれていまいした。しかし、日本国内での戦が収束するに連れて武家の鍛錬としての競馬は廃れていき、逆に馬を神事や行事と言った祭礼の場所や一般市民が訪れるお祭りなどに使われるようになりました。そのもっとも有名なのが、毎年5月に開催されている賀茂競馬で、戦後を乗り越えて行なわれる日本の伝統的な文化です。
16世紀に入ると競馬は今の形に近づき、競馬用の競技場で馬を競争させる近代競馬の形になります。この競馬方式はイングランドから始まり、アイスランドやフランを通じてヨーロッパの各国に広まっていきました。その後は隣国や植民地などに伝わり、明治以降に日本にも今の競馬の形式が伝わりました。